東京・表参道で11年間営んでいたお店を祐天寺へ移転した「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS」新しいカタチとなって始まったお店「babajiji house」にて、花屋リトルのオーナーの壱岐ゆかりさんにインタビュー。babajiji houseとはどういったお店なのか、壱岐さんが考える街のあり方や、これからのことなどを伺いました。
壱岐 ゆかりさん
THE LITTLE SHOP OF FLOWERS オーナー
Instagram:https://www.instagram.com/The Little Shop of Flowers/リトル/
植物と食、境目のない暮らしとの繋がりを感じられる場所
− まず「babajiji house(ババジジハウス)」について教えてください。名前の由来や、なぜ前の店舗から移転をしたのかなどをお聞かせください。
壱岐さん: 祐天寺に引っ越す前は神宮前6丁目で「eatrip(料理人 野村友里さん主宰のレストラン)」のチームと花屋「THE LITTLE SHOP OF FLOWERS(以後、 LITTLE)」のチームで11年ほどお店をやっていました。
お祖父母のことをジジババっていうじゃないですか?花屋リトルもイートリップも、女性が始めた活動であることから、ババをレディファーストしてババジジにして、人生の先輩から学び、今とこれからを生きる、を内包した意味合いをもたせてbabajijiにしました。
− ジジババって言いますね。名前の意味はそういうことだったんですね。
壱岐さん: 都市開発での引っ越しのため、否が応でも出ていかないといけない期限がありました。それに向かって気持ちの方向がやっぱり「壊して作る」というスタンスしか今の都心ではなかなか難しいんだなというのを体感した時間もあり「こうやって街って変わっていくんだな」と良くも悪くも勉強できました。
結果としては、永遠にあるかもとおもえていた期間に、くぎりがついたことで、のこされた人生でなにを大事にしたいか?を考えるいいきっかけになりました。
土に囲まれた場所が植物と食べ物をやるのならばいいのかなと、「いっそ、都外とか行っちゃう?」とも考えました。でも、ずっと東京で活動してきて、私達が違う街に行ってしまうのと、何の価値もなくなってしまうのでは、と。私達が東京にいて、野菜も花も「こういう生産者さんがいて、こういう植物や野菜を育ている」ということや植と食の背景を伝えたり、楽しみ方を提案できる場所にいないと意味がないのかもねとなって。
それで都内で土があり、これからの未来を考えられる街を探して、たまたま出会ったのが祐天寺でした。
壱岐さん: 神宮前の時はレストランと花屋という構成でしたが、今の物件は以前の店舗のように土があるわけでも、木々に囲まれているわけでもなく駅近くの商店街にあります。そこでレストランをやるという選択肢よりは、食材屋さんとキッチンという型があうのでは、というアイディアに。「ババジジハウス」という家の台所と、その台所から出てくる調味料を使ってできた料理を味見しながら飲める場所と花屋さんという組み合わせに変身してからてオープンしようとなって今に至ります。
写真提供:THE LITTLE SHOP OF FLOWERS
− たまたまとのことですが、そこから祐天寺を選ばれたのはどういった理由があるのでしょうか。
壱岐さん: たまたま babajiji houseの近くに物件を構えた知人がいて、様々な縁があっていろいろお話をさせていただき祐天寺は新しい人も迎え入れるし、昔からの人たちもいる、新旧が混ざり合うような街づくりがされていることを知って。ここで店を構えたら、もしかしたらまた出ていかないといけなくなるかもしれないし、街ももちろん変わっていく。それでも変わり方が「壊して作る」という考え方ではない方法で変わっていくのかもしれないと思って、祐天寺を選びました。
− babajiji houseはどんな目的で楽しんでいってもらいたいなどはありますか。
壱岐さん: 夜も朝も楽しめる場所ではあると思います。
毎週土曜日の朝市は近隣の方にも楽しんでもらえています。パンとコーヒー、植物の販売をしています。毎週違うパン屋さんに来てもらい、花はその時のタイミングで山採りしたものや産地直送のものを並べて、旧暦を大事にした植物の提案をしています。
夜は山のものと、海のものと、土のものをテーマに、お酒のあてになるようなお料理を提供しています。
山のものは山のものでも、単純に山で栽培されたものというよりは、これからの山を大事にしていきたいという想いで生産者さんが育てたものを、海のものも海が荒れないように工夫していて獲っているものを選ぶなど。食材の話を知りながら食べて、飲める夜になればとちょっと口うるさいかもしれないけれどストーリー込みで提案させていただいています。
そこでの会話を楽しみ「何を大事にしたいのか」を頭に浮かべながらほろ酔いで帰る時間もある意味、豊かな時間なのかなと思います。
何が美味しくて、誰と過ごして、何を消費するのか。本質を知ることでの変化
− 引っ越されてから数ヶ月経って、気づきなど感じたことはありますか。
写真提供:THE LITTLE SHOP OF FLOWERS
壱岐さん: 暮らしが境目なくある街だなと最近感じています。隣の人のことも知らないような地域に住んで住んでいる中で、ここはもう少しグレーな感じというか。外と中の境目がハッキリとないグラデーションのある街だなあと最近感じてます。
店はそれぞれが構えているけれど、大きく祐天寺という街の中にお米屋さんがあって、お花屋さんがあって、自由に入ってくるような。人も老若男女が暮らし、昔からある本来の街のあり方というのがコンパクトにある。
多分、これが10年前のわたしだったら、この街で活動することは、とても不慣れで、 外と中の境目がハッキリとないグラデーションのある街だなあと最近感じてます。もしかしたら退屈さを感じていたかもしれません。「働く場所=街」であるという感覚で25年、やっと、街の概念の次なるステージに足を踏み入れたという感じです。
20年の間に街も変わってるってことも感じていました。自分自身も年を重ねていく中で「何が美味しくて、誰と過ごして、何を消費する」のか。私の考え方も変わりました。その変化があって今にはまったのかなと。自分の感覚みたいなところとマッチしていると思います。
− 「10年前だったら退屈していた」とのことですが、その違いはどういう点で感じたのですか。
壱岐さん:当時も今も、前の店があった場所は、原宿の中でも木々がたくさんあり、土もあって今では珍しい日本家屋が建っているというスペシャルな場所だったと思います。それこそとてもラッキーで当時はすごく楽しかったし、そこにいることに慣れてしまっていた思う。
表参道、原宿というおしゃれな街の中心地にいるからこそ伝えられることがあると、土地に守られているお店をやっていたなと。
最初のうちは場所の力を借りて、レストランも花屋も人に知ってもらえました。自分たちが地に足をついてというレベルではなく始まりの場所で、土と植物に教えてもらった。あの立地と物件が私たちを育ててくれたと思います。
壱岐さん:20代、30代の時は単純に「かわいいでしょ」「美しいでしょ」と見た目だけでやっていたときもありました。当時の物の選び方は「おいしい」って聞いたからとか「世の中がこうだから」「これからはこれでしょう」と物事の上澄みだけを見ていて、物事の根底を知っているかと言ったら知らなかったし、興味もなかった。情報をキャッチできる”速さ”に酔っていた時代の私。
全部がつながっているんだ、物事はこうなんだということがわかった段階で引っ越しができた今、やっと全部が繋がる段階で、すごくしっくりきているんだと思います。
まだ上澄みだけが美しいと思っていた時期に祐天寺を選んでいたらたぶん違ったと思うし、きっと地域に受け入れてもらえなかったとは思います。
探究心が原動力。そして伝えて、繋いでいく
− 考え方とかも変わっていく中で今では花の残渣で染物をやったり、花農家さんを訪れたり積極的に活動されていますが、壱岐さんのモチベーションはどこから生まれてくるのですか。
壱岐さん:根底にあるのは知らないことを知った時の喜びですかね。物事の本質、歴史、ストーリーを知れば知るほど「そうだったんだ」という面白さは増して、植物も食べ物も「そうだったんだ」と知らないことがいっぱいあって。知らないことを知ることが自信に繋がっているとも思います。仕事以外でも人間としても自信が持てるようになる。
誰もがいいとするブランドの何かを所有することよりも、知識や経験が1日1日増えていくだけでも大人になれた気がする。それが原動力になっているうと思います。
− お客さんにただ商品を提供するというよりもその背景にある何か、知識や物の流れ、作り手の想いも一緒に伝えられたらという思いがあるように感じました。
壱岐さん:そんなかっこよくは考えてはいなくて、「知っちゃった、面白いじゃん」ってなると伝えたくなっちゃうんです。その内容をもう知っている人も多いかもしれません。でもきっと知らない人はまだたくさんいる。カーネーションもバラも定番のひまわりにしても、その背景やストーリーを知ることでより誰かにプレゼントにしたくなったり、誰かに話したくなったり。そうすることで結果として残っていくものがあるのかなと。
今まで背景が語られなさすぎてなくなってしまった種や食材はきっとあるだろうし、もし1人でもその存在、ストーリーを知っていたら変わっていたかもしれない。伝わる人が100人に1人かもしれないけれど、1人でもいればその種は残っていく。そう考えると意味もあるので「伝える」こと、言葉選びは楽しいし、大切にしています。
− 探究心と、未来へつなぐということが「伝えたい」という想いに繋がっているのかと思いました。様々なことに興味があると思いますが、特に最近これを追求したいことなどはどんなことですか。
写真提供:THE LITTLE SHOP OF FLOWERS
壱岐さん:この数年で「植」と「食」ということでeatripチームと活動しています。
「植」と「食」の出口は違いますが、全部が一緒のところから出てきて、同じ所に帰ることはすごく表現しやすいなと、自分がやっと納得するようになってきました。
日本の「衣食住」ということをテーマにして、なんで日本語では「食」が先ではなくて「衣」が先にあるんだろうなという疑問から、衣食住を紐解いて「今までの衣食住」と、「現在の衣食住」を見比べたら、あからさまに気づくことがたくさんあって。「じゃあこれからの衣食住に何を残せたらいいと思う?」という話をお客さまと日々交換しながら「未来の衣食住を考える」活動しています。
山猫縫製部さんの人形は一点すつすべて手作り 写真提供:THE LITTLE SHOP OF FLOWERS
展示会として過去に衣食住の衣についてと、植物についてと住まいについて2回にわけて展示会を開催させていただきました。共通して全て植物で繋がっているので植物を大切にしていなかったら、これから終わるなということも裏テーマではあります。この活動はこれからも原点となっていくと思います。
写真提供:THE LITTLE SHOP OF FLOWERS
− 最後に壱岐さんがこれからチャレンジしたいこと、やっていきたいことをお聞かせください。
壱岐さん:店づくりというのはずっと続けてきたことで、これからもずっと続けていきたい。それができるチームがあるということはすごく豊かだなと。
10年前だったら、身体の心配はしなかったと思うんですけれど、だんだんと「いつまで動けるのかな」って。今の状態ならあと10年は動けるなと思っていて、やれるだけのことはやりたい。動けるだけ動きたいです。「babajiji house」を拠点に様々なところに行って、日本の衣食住のことを海外に伝えていきたいです。
AFTER INTERVIEW編集後記
「言葉」は花を選ぶのと同じくらい大切。「花屋に働き出してから言葉にすごく注意するようになったね」とか「写真にうるさいね」と周りに言われたとことがあると笑いながら話す壱岐さん。それくらい壱岐さんは伝えるということに情熱を注いでいる。どんなに忙しくても、適当には接しない、どうしたら人に伝わるのか。それはもうこだわりとかを超えて、壱岐さんなりの哲学があると思いました。お話を伺い、数年前に見た「衣・食・住」の展示を思い出し、心を動かされたのはきっと伝わるものがそこにあったから。そんなことをふと思い出しました。これからの未来に何を残したいのか、伝えたいのか。そんなことをbabajiji houseでほろ酔いになりつつ考えたくなりました。店舗情報
babajiji house(ババジジ ハウス )
〒153-0052 東京都目黒区祐天寺1-22-7
tel : 03-6452-3723
Instagram : https://www.instagram.com/babajijihouse/
mail : contact@panierustique.jp
営業時間:不定期営業
定休日:水・木
営業時間は Instagram をご確認ください。