東京・麻布十番にある花屋「migiwa FLOWER」の秋貞 美際(あきさだ みぎわ)さん。
IT業界から花屋に転身。フラワーデザイナーとしてアトリエレッスンをはじめウェディング事業でも活躍しています。
フランスの修業から10年経った今、これまでのことから、今後のことなどを伺いました。
− まず、migiwa FLOWERについてどんなお店なのか教えてください。
美際さん:最初は自宅兼アトリエからはじまり、千駄ヶ谷で店舗を構え、麻布十番に移転し小売とレッスンのスタイルを経て今のアトリエ活動のみというスタイルになりました。
美際さん:内容としては飲食店や企業のエントランスなどのお花の生け込み、アパレル関係では展示会の空間装飾や撮影時の小道具や背景を作ることもしています。
ウェディングは新郎新婦のブーケ、ブートニアを作りお届けすることもあれば、会場の装飾を作るときもあります。
レッスンは趣味として楽しめるレッスンと花を生業にしたい方向けのプロコースをやっています。あと個人のお客さま向けには完全オーダー制のギフトも承っています。
「花屋になりたいので、会社辞めます」
− 花屋になるまでは他のお仕事をされていたそうですが、花屋に転職をしようと思ったのはなぜですか。また、それまでの経緯をお聞かせください。
美際さん : 新卒でIT企業に入社し、広告営業の後に秘書室に配属となり、その時にお祝い花を贈ったり、管理したりすることをしていました。
秘書室で働くようになり、「企業から企業に贈る」という点でいろいろとお花屋さんを探すようになりました。
その秘書室で働いていた時のことなんですが、先代の秘書から教えてもらったお花屋さんで、いつも通りに花を発注したんです。
そうしたら、なんか垢抜けない仕上がりで。でも、何をもって私はこの花を垢抜けないと思っているのか「垢抜けない感じなのはわかる、でも何がそう思わせているのかがわからない」と。それで「まあ、こんなものなのかな」と、そのまま贈っちゃったんです。

美際さん : そうしたら、当時秘書としてついていた会長からすごい激怒の電話がかかってきて。「このお花が本当に綺麗だと思って贈っている?この花は僕の名前と、僕たちの会社の名前を背負って相手の企業に届くんだから無下にしちゃいけないものだよ」と。
それから、今までお願いしていたお店だからというルーティンでの発注ではなくて、もう少し細かく花や植物の種類を調べてオーダーできるようになりたいと学び始めました。
そうしているうちに創意工夫や、自分だったらこうしてみたいなということがどんどん深くなっていきました。それが「よし、花屋に転職しよう」とつながっていきました。
− 贈るとなるとその人、企業を表すことにもなる。自分が楽しむための花とはまた違った目線から花の世界に深く入っていったんですね。
美際さん :当時「ノマドワーカー」という言葉が登場したり「好きを仕事にする」などのキーワードを耳にする機会が増えたり。働き方ってこんなに多様化されているのかと思ったんです。
それと同時に、世の中にはこんなに自分の好きなことを仕事に昇華させて活動している人がいるんだと感化されました。「私も花を仕事として表現してみたい!」とアクセルを踏んでしまった感じはありました。

− 当時の時代の流れも、後押ししたということですね。
美際さん :それまでは会社の業務のひとつとして「花を贈るための花屋さん選び」だったんですけれど、花屋に転職しようと決めてからは「自分が働きたい転職先の花屋さん」を探すようになりました。
平日に気になる花屋さんのアタックリストを作っては週末に通うということをしていました。
なかなか理想の花屋さんに辿り着かないので、一度アタックリストを更新しようと画像検索で自分の好きな花の画像を集めてリンクを叩いていって。その集めた画像のほとんどが1つのお花屋さんに集約されていたんです。
次の週末は絶対にこの店に行こうと思って住所を調べたらフランスだったんです。
− そこで出てきたのがフランスだったとは。
美際さん :そうなんです。お花屋さん探しは昨日今日始めたことではなくて、半年以上も続けていたことだったので、これだけ一つの花屋さんに好みのものが集約されているということは、絶対にここに行くべきだと思いました。
国が違うからそこに行かないは理由にならないなと思って。そのお店が後に修業した「Rosebud Fleuristes」です。

美際さん :「すいません。花屋になりたいので会社辞めます」と会長に言ったんです。そうしたら「ハナヤはどこのメディアだね」と。本当にフラワーショップに転職するだなんて思われていなくて、同じIT業界の中で新しく出来たメディアか企業に行くのかなって勘違いされたんです。
なので「いや、本当に商店街や駅にある花屋です」と。転職の意思を伝えてからは1年弱ぐらい、準備期間として花のことを学びつつ秘書を続け、満を辞してワーキングホリデーのビザを使ってフランスへ行き1年間修業しました。
それからちょうど今年で10年経ちましたね。
− フランスではどういたことを学んでいたのですか。
美際さん:フランスでは2店舗で修業させていただきました。
基本的には仕入れたお花を店頭に並べるまでの水揚げの仕方から、ブーケの束ね方など。フローリストによってやっぱり好みのデザインっていうのが違うので、パリの中でも店舗ごとに全然デザインが違ったんですよね。なので束ねるデザインが違うとラッピング包装するときの仕方、デザインも全く違います。

フランス・ランジス市場の様子
美際さん :三つ星レストランや著名な方のご自宅で活け込みを行うこともあるので、日々色々な緊張感の中で働いてきました。
花のある場所は厳格な場所だったり、大切なシーンだったりと割とピリッとした空間に飾られることが多いことに気づいて。この常に緊張感をもつ大切さを身をもって感じました。
花と一緒に想いを伝える
− フランスから戻ってから10年の間で様々なことがあったと思います。中でも印象に残っているエピソードはありますか。
美際さん :千駄ヶ谷でお店をしていた時の出来事で、お店の隣がお蕎麦屋さんで、そのお蕎麦屋さんのお母さんがとても面倒をみてくれて。
お花屋さんの中でも繁忙期になる母の日シーズンに、そのお母さんがお蕎麦屋さんのお客さんに「母の日、お花贈ってるの?」みたいな感じで、いろんなお客様を送客してくれたんです。

美際さん :いつも通り蕎麦屋のお母さんが「お花、 贈った?」と声かけたら「母ちゃんにに絶縁されてるからもう何年も会ってない」という方がいて。「それなら尚更お花を贈りなさい!」と言って、その方がお母様へ母の日のお花をオーダーしてくださったんです。
そうしたら、すごく喜んで電話がかかってきたそうで。この母の日の花がきっかけとなってコミュニケーションが生まれ、定期的にご実家へ帰っていると聞きました。
− とてもいい話です。その方の人生が変わりましたね。
美際さん:私もとても嬉しかったです。花って贈ることにハードルを感じる人って少なくないと思うんです。
だからこそ花を受け取った人の嬉しさって倍増するというか「これをあの子が選んでくれたんだ」とか「彼が選んでくれたんだ」と、選んでくれたとか贈ろうと思ってくれたというところまで想像できて、ひとつのストーリーがお花にはあるなと思います。

後悔を残す人生にしたくない。だから行動する
− 転職前から花屋アタックリストを作って周り、フランスでの修業といい、徹底的にやるその行動力、エネルギーはどこから湧いてきているのか気になります。
美際さん:たぶん、元々内側に持っていた要素もあるとは思います。もう一つ、外的要因として私が大学に入学したときがそれこそ学生ベンチャーがすごく盛んなタイミングだったんですよね。
周りで起業している友達とかもいたので、組織の中から飛び出たりとか、自分で何かを始めたりすることへのハードルがすごく下がっていたこともあると思います。
美際さん:当時まだ20代後半だったこともあり、特に何かを持っているわけでもないし、キャリア形成もできていないから会社を辞めたとしても、失うものは何もないし、これからライフステージの変化で、自分本位で動けなくなる時もいずれ来るかもしれないから、動ける時に動こう!と思ったんです。

美際さん:例えば、やりたかった事をやらずに時が過ぎて本当に身動きが取れにくい状況になってしまった時に偶然私がやりたかった事を成し得てきた同世代の人と対峙した時に、心の底から「素敵ね!私もそれやりたかったんだよね」って、ピュアな心でポジティブな言葉をその人に投げられるかなって考えた時に、「うらやましいな」とか心がざわざわして、尊敬の念はあっても純粋な気持ちで「素敵ね」って言えないかもしれない。
なので、やりたいっていうのが見えたからにはやらないとな、と。
やってみて駄目だったらまたその時に軌道修正すれば良くて、やりたいことをやらないで、自分の中に後悔を残す人生や、自分で自分のコンプレックスをつくって人に優しくできないまま、今世を終えるのは嫌だなって思ったんです。この思いは行動力に繋がっていると思います。

「贈る」も「飾る」も。花をもっと身近に
− 花を贈るということにちょっと抵抗を感じている人、花を買って贈ることが恥ずかしいと感じている方も多くいると思います。そういった方にアドバイスをいただけますか。
美際さん:花を贈ることへハードルを持ってる方のハードルの原因にもよりますが、仮に男性でお花を買ったり贈ることが気恥ずかしいという理由の場合、「照れないで大丈夫!世の中にお花を買ったり、贈ったりする男性って意外といらっしゃいますよ!」とお伝えしたいです。
映画やドラマの中では、花束をもらうシーンをよく見てるのに現実世界でなかなか起こらないんですよね。なので、お花をもらうとみんな嬉しい気持ちになると思うので勇気をだして、ぜひ挑戦して頂きたいですね。

美際さん:ただ、花でも他のものでもそうですが、贈るお相手の好みやライフスタイルなど、喜んでくれることはなんだろうなんだろう?と考えて選ぶ事が大切だと思うんです。その過程を含めて「贈り物」だと思うので。
花屋さん側の施策のひとつとして、記念日ではないときにお花を贈れる「いつも言えなかったありがとうを伝えます」みたいなシールがあったらいいかもしれないですね。
− それは確かにいいですね。それならばお花を贈ることへのハードルが下がりそう。美際さん自身はプライベートではどんな風に花を楽しんでいますか。選び方や飾り方などを知りたいです。

美際さん:必ず季節の花はあります。家に花があることが生活の一部で、顔を洗って歯を磨いて花の水を換えるみたいな感じです。
両親ともに植物が好きなこともあり、花、植物が家にある環境で育ってきたので、そういう空間が心地よいというのも根底にあるとは思います。花、植物があると空間の空気が流れ出すような気がしますね。
花の選び方は、本当に純粋に視覚情報で気に入ったものや、香りのあるお花も好きなので香りで選ぶこともあります。
− 最後に、これからやってみたいことや力を入れたいと考えていることはありますか。
美際さん :今のアトリエに移転してから、小売はお休みにした代わりにレッスンの回数を増やすことができて、お客様とコミュニケーションを取れる時間をしっかりと作れるようになりました。
これからも、ゆっくりと季節のお花を楽しんで頂けるような場所をつくっていきたいです。

美際さん :また、アトリエ内での活動だけでなく「migiwa FLOWER 大人の遠足」として、山梨の桃・ぶどう園で農業体験をさせて頂いたり、福島県のダリア畑ではダリア摘みをさせて頂き、大自然の中に身を置いて、生産者さんたちのお仕事をチラッとのぞかせてもらいながら、植物のルーツを知る事ができるアクティビティも開催しています。

福島のダリア畑でのダリア摘みの様子
− どちらも、よりお客さまひとりひとりと一緒に作っていく感じなのかと思いました。
美際さん: ありがたいことに小売時代も含めて、お客様に恵まれておりまして、関わる皆さんがmigiwa FLOWERを作ってくださっている感じです。
遠足に関しては、大人になってから共通の趣味をもつ友達ってなかなか見つけられないじゃないですか。
私自身もそうなんですけど、自分がやりたいな、行きたいなって思った場所に必ずしも誘える友達がいるとは限らないし。それが、migiwa FLOWERの遠足に来たらなんか別に1人で参加してるんだけれど、みんな仲良くなってとても楽しく終わるんですよね。
それも、大人の距離感のサラッとカラッとした気持ちの良い仲の良さというか。「穏やかだな、この空間」みたいな感じになるんですよね。。

パリ・オデオン劇場でのレッスンへ向かう様子
パリ郊外の森で束ねるブーケレッスンの作品
花に触れたり、農作業をしたり自然の中で時間を過ごすと、忙しい日々で気づかないうちにまとっていた重たい鎧がちょっと外れたり、リフレッシュして素の自分に戻れたり、気持ちが明るくなって心が軽くなるんですよね。
仕事や家庭で全うしている役割とかを取っ払って「自分」に戻って思い思いにたのしむ時間や場所をつくれたらいいなと思っています。それが課外活動としても増えたらいいなと思います。
AFTER INTERVIEW編集後記
自宅ではじまった花屋は、多くの方に愛され人と人をつなぐという点でひとつのコミュニティの顔を持つようになった。その様子はべったりとした感じではなく「大人の距離感。サラッとカラッとした気持ちの良い仲の良さ」と語る美際さん。きっとそれはフランスで感じた「いい緊張感」が程よい距離感をつくり、心地よい関係を育む理由なのかもしれない。取材中もサバサバと、でも花はもちろんお客さま、レッスンの生徒さんへの思いはしっかりと持っていて、熱いものを感じとりました。内に秘めたエネルギーが今後どんな風にアウトプットされていくのかが楽しみです。Instagram:https://www.instagram.com/migiwa_flower/